ノスタルジー

「ワンちゃん宮司の旅の宮余話」(改題)。「ワンちゃん」は、昔、駆出し記者のころ先輩がつけてくれた。このあだ名、今では遥か青春時代のよすがでしょうか。

雨の午前中

夜来の雨に洗われて、アジサイの花がにわかに色つやを増した。境内の一隅、そこだけ浮き出て、えも言われぬ風情。 雨の午前中は何となく気分が落ちつく。庭木のサツキも静かである。きょうあたり、この地方も梅雨入りだろう。 思い出したように電話が鳴った…

埋め草の軽い気持ちが……「八方除け」

神具製造会社のセールスと雑談中「テレビ番組か雑誌の影響でしょうか、近ごろ若い女性の間で「八方除け」のかわいいお守袋に人気があるんですよ」と彼が何気なくしゃべった。 「そんなこともあるでしょうね。今の世の中、何か流行るかわからんから」と私も何…

戦没者慰霊祭

地元A町遺族会主催の慰霊祭が当神社参集殿で行われた。 毎年6月第2日曜日、市長初め議員らを来賓として招き、遺族会員の7割近い150余人が参列して厳粛に斎行されている。 毎年のことだが、慰霊祭前日朝から当神社の氏子総代が五六人奉仕して境内林からサカ…

氏子をやめます

昼下がり。ご老体が社務所にやってきた。 「宮司さん。私んとこ、今年度から氏子をのかせてもらいます」 いかにも申しわけなさそうな顔をして、耳に手をかざした。 耳が少し遠いらしく、私の返事を聞き逃すまいといった表情。 「それは残念ですね……」と私。 …

拉致解決に協力してくれや

またぞろ、である。 電話を取るや、いきなり[宮司さん?」と気安く声をかけられた。 氏子さん?その声聞き覚えありの気がして、思わず「はぁ」と返事して、「しまった!」。 途端に相手は例のドスをきかせた声。講釈のマニュアルを読み上げた末「4万何がしか…

こころが揺れて

先日、初宮まいりで昇殿、祈祷を受けられたAさん夫妻からはがきが届いた。その節、向拝所をバックに写した記念写真を送ってあげた礼状である。 その日は朝から七五三と初宮の祈祷が交互に続き、ちょうどAさんで予約受付分が途切れて体が空いたので、デジカ…

秋は駆け足

午後4時前、もう境内に日差しはない。にわかに冷え込んできた。そろそろ拝殿を閉めてこようか。朝から数人の氏子総代が出て菊花展を撤収、宮司名の感謝状・粗品(撤下品)を携えてそれぞれ出品者宅を回り、作品を返し礼を述べて第5回菊花展は無事閉幕した。 …

しち・ご・さん

町内の菊花愛好家から出品された献花展、ことしも境内で開催中である。 色とりどりの大輪の菊をバックに記念撮影する着飾った親子連れ。神社がちょっと華やぐ七五三参り。朝から大賑わい。明日の日曜日も、朝一番から予約がいっぱいである。 ありがたい話だ…

神社はゴミ捨て場じゃない!

社務所から50メートル離れた一隅に、古いお札・お守の納め所があって、宮司のデスクから窓越しによく見える。 納め所にはほとんど毎日、入れかわり立ちかわりお札やしめ飾りを納めに来る人の姿がある。絵馬や破魔矢など小物から神棚、結納品、ひな人形にぬい…

カブトムシはどこへ消えた

境内林は虫取りの子らで賑わっている。歓声を上げているのは、つき添っている親たちの方みたい。 虫かごをのぞいてみれば、子供らが期待するクワガタやカブトムシの姿はない。セミやトンボ、たまに小さなチョウや羽虫。 「せっかくお宮の森を訪ねてもらった…

欲張って損……

やはり日曜日だ。昼前に初宮詣(はつみやもうで)の親子連れ3人。ついでに新車のお祓いもしてほしいとの申し出。 当社の祈祷料は、宮参りでも車のお祓いでも安産、厄除け祈願など何でも5千円以上。でも5千円以上お供えの人は皆無。実際は5千円均一みたい…

ヘンな一日(つづき)

(前回の続き)電話の女性は、長女と高校のクラスメイトKさんと名乗った。家へ遊びに来ていて、夜帰り際電車の駅まで車で送ってやった記憶があるが、随分以前のことで私は彼女の顔までは憶えていない。 「お父さんが神主さんだって聞いたこと思い出して電話…

ヘンな一日

社務所の事務も走り始めた10時過ぎ、電話。受話器からの声は中年女性と推定。 「つかぬことお尋ねしますが、神社に内職ありませんか」 「あいにく……」 「座っていてできるような手仕事はないものでしょうかね」 「さあ―。申しわけありませんな」何だかこっち…

見られてる

町内では銀行へ行っても、スーパーへ出かけてもよく誰かにあいさつをされる。ほとんどの場合、その人がどこで出会ったどなたなのか思い出せない。向こうは私を覚えている。 日曜午後、家内にお供して衣料品スーパーに出かけたら「こんにちわ」すれ違った30…

事故は神社の責任?

住宅建設業のA社から地鎮祭を頼みたいとの電話。 二三年ぶりだろうか。A社は、田畑を持て余している高齢者農家をターゲットに、共同住宅の経営を勧めて、社業大いに潤ったのかひところ大変な鼻息であった。当町とその周辺地域でも次々と農地が埋め立てられ…

紫ハカマのご利益は二倍?

さる日、雑談していた氏子総代から聞かれた。 「むらさきハカマ(紫袴)のネギ(禰宜)さんに祈祷してもらうと、あさぎハカマ(浅黄。水色に見える)の神主の祈祷よりも倍のご利益を授かるだろうか。宮司、あんたならどう答えるか」 神職の袴は、おおむねそ…

春なのに  その2

散りそびれた花あわれ。葉桜が風に揺れている。季節の移ろいを横目に、決算事務が忙しい。 一般法人用の会計ソフトを神社用にちょっと応用しながらで、面倒な作業が続く。それでも昔の手書き、電卓に比べると楽である。 決算の仕事を進めながら、頭の片隅で…

春なのに

朝、通用門をくぐると車のフロントいっぱいに満開のソメイヨシノが飛び込んでくる。生い茂る木々の緑をバックに、ほんのりピンクが明るくさわやか。浮き立つ乙女のようだ……何て表現してみたくなる。古い奴だとお笑いくださるな。 さっき境内林にはいったらウ…

梅、満開

臨時舞女2人の助務を得て神前結婚式のお勤めをした。 無事、滞りなく斎行し、喜びの新郎新婦、そのご親族をお見送りした。外は浮き立つぽかぽか陽気。 式場(拝殿)の後片づけをほっぽりだし、デジカメを引っつかむや境外の梅園にすっ飛んだ。三脚を構えた…

総領の甚六

幾つになっても世渡り下手である。小さいころから「総領の甚六」と言われながら育った。断わり下手である。仕事や役職を押しつけられて断われない。だから、幾つもの仕事を抱えて年中うろうろ。セールス、それも女性のトークにこれまた弱く、何だかんだの末…

和服姿の初詣はごくわずか?

晴れやかな着物の初詣客はほんの二三人。当社で毎年見かける姿は減っている。老若男女問わず普段着姿がほとんどである。ハレの日にはまず装いを改めて――そんな日本人の心意気を望むのは、今は空しい時代なのかも知れない。 授与所は三が日臨時の巫女さんに応…

賽銭箱に万札

大みそかの宵から元旦夕方まで、私どもの地方では少し冷え込んだものの風がほとんどなく穏やかな年越し参り、初詣日和であった。 私どもの小さな神社でも大賑わい。午前零時前から1時過ぎまでの間、参道から向拝所にかけて参拝者でぎっしり埋まり、お参りに…

死後の行く先

50歳代後半と思われる女性が社務所を訪ねて来られた。 用件は、独り住まいの父親が他界し、実家が空き家になってしまったので家財道具を始末、この際神棚も撤去したいがどのように処理すればよいのか教えてほしい、とのこと。近ごろは、こういった相談がち…

お粗末、老体の祝辞

おいの結婚披露宴の席で、親戚代表としてあいさつしてほしいと前もって妹夫婦に頼まれていた。軽く引き受けた。私も宮司として神前結婚式を取り仕切り、式後祝辞を述べている。お祝いのあいさつは経験済みだ。念のため「あいさつの仕方」という本を引っ張り…

めいの結婚式

1週間のうちにおい(甥)とめい(姪)の結婚式に招かれ、私どもも夫婦で出席した。 挙式はどちらも教会式。この歳になってアーメンは初めてで緊張していたが、すぐリラックスできた。明るい式場、若い女性の聖歌隊、スピーディな式次第――チャペル式のウエデ…

菊花香る

ことしも境内で菊花展が始まった。秋はやっぱり菊。わがA町の「まちのはな」でもある。 町内の愛好家が手塩にかけて育てた大輪おおよそ八十鉢。向拝所から社頭の2張りのテント辺りは、朝から菊花の香りいっぱい。11月10日まで参拝者の目を楽しませる。この…

秋の夕暮れ

気がついて立ち寄れば、キンモクセイもあらかた花を落とし、次はサザンカまで境内に花はない。サクラの葉も早や黄色に染まり始め、木の下は一面茶色の病葉(わくらば)が重なりあう。 秋はいつも音もなく忍び寄り、やがて駆け足で過ぎてゆく。人生を重ねてみ…

しつけが必要なのは、お母さん……

境内林に隣接してカトリック系の私立幼稚園がある。この時期毎日、運動会に備えて練習を重ねるブラスバンドのにぎやかな音が当社の境内にまで響き渡る。 こちらも知らぬうちに憶えてしまって鼻歌に出てくる。「おや、だれか音程間違えたぞ」つい心配したりも…

ホトケの徳さん

親類や職場の元同僚はT・Hさんのことを「ホトケの徳さん」と呼んでいる。人柄は温厚、仕事は黙ってこつこつ。手先は実に器用。めったに不平不満をもらさない。 定年後もしばらくは資格を生かしてボイラーマンを務めていた。そのころからA地区の当社氏子総…

淡い恋心

同窓会といえば高校の同窓会。宴たけなわ。幹事役の私は一人一人の席を順番に酒をついで回った。やがてC子の席に相対すると、待っていたかのように彼女「高3の時、あなたが声をかけてくれるの待っていたけど、見向きもしてくれなかったわね。なにしろ生徒…