ノスタルジー

「ワンちゃん宮司の旅の宮余話」(改題)。「ワンちゃん」は、昔、駆出し記者のころ先輩がつけてくれた。このあだ名、今では遥か青春時代のよすがでしょうか。

境内が静寂に包まれることがあります。それは一日一回のときもあるし、何日目かに訪れることもあります。ほんの一瞬です。風の音も、木々のざわめきも、小鳥の声さえも突然途絶えたかのように静まり返る。毎日森の中の社務所にいると、そんな自然の不思議な営みにも出合うことがあります。
突然、静けさを飛び散らすように、ザクッ、ザクッと玉砂利を踏む確かな靴音。次にガチャ、ガチャとつり緒もちぎれんばかり力任せに鈴を振る音、いつものお参り時間だなと窓外に眼をやると、やはり町内Aさんの姿に間違いなかった。
参拝者どなたにもくせや特徴があります。長い年月、毎日同じ授与所に座っていると、わかってきます。時刻、足音、鈴緒の振り方、拍手の調子、音……。性格までもうかがえそうです。
ずっと前、巡回中の派出所警部補さんが「宮司さん、森の中で毎日ひとり勤務だから気をつけてくださいよ。どの参拝者はいつも何時ごろお参りされるのかパターンをつかんでおくと、盗難事件が起きた時などその時刻の参拝者に不審者の動静を聞ける場合がありますからね」と、ていねいにアドバイスしてくれました。あれからずうっと、その忠告を守って、気をつけています。