ノスタルジー

「ワンちゃん宮司の旅の宮余話」(改題)。「ワンちゃん」は、昔、駆出し記者のころ先輩がつけてくれた。このあだ名、今では遥か青春時代のよすがでしょうか。

と・く・め・い

日の丸を揚げるのは右?左?

事務処理で頭がこんがらがっている最中にベルの音。受話器を取ると老女と思しき声。
「先日配られた神社だより(広報紙)に<祝祭日には日の丸を掲げましょう>と書いてあったけど、近ごろ国旗を揚げる家は少ないね」
相手が何を話したいのか判断しかねて私は
「はあ…国旗のない家庭も多いようですね」と、当たり障りのない返事から。続いて相手は
「国旗は玄関の右側に揚げたらいいの、それとも左側が正しいの?」と聞いてくる。
「門前に一本掲げるときは、家の外から見て左に揚げると教えられてますが」と答えると
「家の中から見れば右だから、それでよかったのね。やれやれ。うちは玄関左側に防犯カメラをつけてるから――」と納得した気配。
そんな質問だったのかとほっとしたが、女性は電話を切る様子もなく話続ける。
「うちは女一人だから防犯カメラつけてんの。近ごろはセールスも油断できないからね……」途切れることなくおしゃべりは続く。匿名だから言いたい放題。話は次第に日常生活の憂さ晴らしへ。受話器を置くのもつれなかろうと、時計を見やりながら笑顔をつくろって相づちを打つ。神職のつらいところ。
それにしても匿名はいい感じではない。昔、新聞社の報道部にいたころはひどかった。ある面で鍛えられもした。それに比べたら神社への匿名電話や投書は他愛ないものばかり。せんだっても「宝くじで1億円当たった。お祈りしたお蔭や。お礼に1千万円奉納するからよ」なんて押し殺した声で男の電話。いたずら見え見え。それで君が憂さ晴らしできたのなら、ま、いいか。だけど悲しいよね。