ノスタルジー

「ワンちゃん宮司の旅の宮余話」(改題)。「ワンちゃん」は、昔、駆出し記者のころ先輩がつけてくれた。このあだ名、今では遥か青春時代のよすがでしょうか。

人の気持ちなんか……

頭の切れすぎる人

頭の回転が良すぎるのか、何でも人の先へ先へ回り、こちらが返事に困る人がいる。
たとえば社務所での雑談で「あの家のことだから、ごう突く張りの親父が息子の後ろから、神社の寄付なんか出さなくていいぞ、って袖引っ張っているに違いないのさ。きっとそうだよ」と何でも自分勝手に先走って想像し断定して、まるで見てきたかのように得意顔でしゃべりまくる人がいるものです。
聞いているこちらは「そんなところでしょうな」と率直に相づち打つのをためらう。相手の本当の気持ちやその家の内情など他人が簡単にわかるものではなかろう。

井上靖の小説「黒い潮」を読んで

主人公の考え方に共感を覚えた時期があった。古い作品です。戦後の謎・下山国鉄総裁事件が題材。れき死体で見つかった下山総裁は自殺か、それとも陰謀による他殺か。捜査当局の結論が出るのが長引く中、k新聞の下山事件担当キャップ速水記者が同僚との酒の席で、ひどく酔って怒鳴るように吐き出した言葉「下山の自殺の原因について、つべこべ言うなよ。死んだ原因なんて、死んだ人間しか、判っちゃいないんだからな」
さらに「下山の気持ちなんか、下山しか知っちゃあいないんだ。他の者に判って堪るか。死者に対する冒涜はよせ」と怒りを帯びた口調が響く。
自殺か他殺か、白か黒か、新聞記者はいつも性急に結論を求められた。そんな時、私はこの小説の一節を何となく思い出したものです。
人の気持ちなどそう簡単にわかるものではない、今も一歩下がって人の心を眺めることにしてます。