ノスタルジー

「ワンちゃん宮司の旅の宮余話」(改題)。「ワンちゃん」は、昔、駆出し記者のころ先輩がつけてくれた。このあだ名、今では遥か青春時代のよすがでしょうか。

目に若葉〜

三日続きの雨風で、境内林の装いが変わった。

サクラやクスなどの病葉がきれいさっぱり落ち果て、みずみずしい若葉に入れかわった。

春に三日の晴れなし。毎年この時期は、雨と風の日が多い。まるで世代交代をせかせるかのようによく降り、風も強い。

移ろう季節に背いて、相変わらず社務所に座っているのは、老体ひとり。

ここだけは世代交代いつのことやら……。

晴れ間を待ちかねて、境内の玉砂利に竹箒をいれ、再び雨粒が落ちてくると社務所に戻って黙々とパソコンに向かう。

時折、背を伸ばし、腰をたたき、しょぼつく目に目薬を落としながら、今日も無事、ご奉仕の一日が暮れそうだ。

お幸せに

 朝、出仕してほどなく、意気のよい若者が窓口に立った。
 にこにこ笑っている。憶えている。去年春、当神社で結婚式を挙げられたTさんだ。
 「宮司さん、お久しぶり。今日は結婚一周年記念日で、お礼参りにきました。妻も一緒に来たかったのですが、勤務の都合で来れなくて残念がっていました……」と幸せそうな報告。
 「健康で、幸せそうで何よりです」と微笑み返す。
 彼「二世の気配がまだなんですよ」
 私「お若いのだから、急がなくとも。せいぜい二人だけの生活をエンジョイされて、お金もがっちり貯められてから、お世継ぎに恵まれるっていうのもいいじゃないですか……」

 去年の挙式当日、私は式を進めながら(この新婚さんは、きっと幸せな家庭が築けそうだ)と想像していたのを思い出した。二十年近く、神前結婚式に奉仕してきた体験からの直感かも。

 終始にこやかに、新世帯一年間の日々を語るTさん。本当に幸せそうで、こちらもうれしく、一日中心弾んで過ぎた。

ご利益を……

 50歳前後と思われる男性が、土曜か日曜日の朝一人お参りされる。
 数ヶ月前、社頭で初めてお見かけしたころは軽く会釈を交わすぐらいであったが、近ごろでは私の姿を見ると、お神札授与所の窓口まで歩み寄ってきては、いろいろ話しかけてこられるようになった。
 「毎日お参りして、願いごとすれば、神様は願いをかなえてくれるでしょうか」と、訴えるように尋ねられる。
先週もその前も、そして今週も同じことを聞かれた。
 「それは、いつかお聞き入れくださるでしょう。そう信じてお参りすることでしょうね」と私は答えた。
 その方のお話では、十年ほど前に突然奥様に家を出て行かれ、寂しい一人暮らしを続けているとのこと。
 「家を飛び出して行った家内も、その原因が私との不仲ではなかったはずだから、いまごろは冷静になってきっと家に帰りたがっていることだろうと私は想像してます。帰ってきて欲しい」と打ち明けられる。
 「奥様もそのように望んでおられるのなら、神様はきっとあなたのもとへ帰る何らかきっかけをお示しくださるかも……」私には、とりあえずそう慰めるしか思いつかなかった。

 この男性のように深刻な方もいらっしゃれば、中には「神社へ日参すれば、必ず願いごとをかなえてもらえるか……」と半ば暇つぶしに聞いてくる人もある。これは神職に質問するというより、こちらを試してみる気持ちが働いていると思われるふしがうかがえる。

いずれにせよ、こういった問いには私なりに丁寧に答えるようにしている。

梅は咲いたか……

 寒風がおさまるのを待って、久しぶりに境外の梅林へ足を延ばした。
 早やつぼみが膨らみ、一輪ニ綸咲き初める木もあった。立春が過ぎてから、寒波に身を縮める日が幾日かやってくるのが当地の例年2月である。
 来週11日は祈年祭(きねんさい)が斎行され、獅子舞行事が行われる。当社の最も忙しい一日がこの日である。
 今秋には、20年に一度の御造替事業を控えており、宮司は平常のお祭や行事と並行して、御造替事業に関する仕事をも進めているだけに、超多忙の日々がずうっと続いている。宮司として最後で最大の事業完遂に日々老体に鞭打っている。
 PCに日記を記すのも久方ぶりである。

 

疎き老眼すかして見れば……

 去年の夏から白内障の治療を続けているが、老化がさらに進んだか、特に右目が急に疎くなってオペをお願いした。
 右目は明るくなった。目の前の壁がこんなに白かったのか、ノートの紙もこんなに白かったんだ……。喜んだのも一両日、愛用のメガネと右目の度が合わなくなってしまったようだ。続けて読んだり書いたりしていると、頭がくらくらしてくる感じすら。
 「一二ヶ月経過を見てから、遠近メガネ用の度を測り直してみましょう」と眼科医。まだしばらく不自由な日々が続きそうだ。
 こんなありさまで、道を歩いても足元がおぼつかない。数メートル先の人の顔もとっさに判別がつかないもどかしさも解消されない。
 

忘れたころに……神前結婚式

 一年振りに結婚式をとり行った。
 受け付けて色々話を聞いてみると、両家親族等の出席者が40人。こりゃ大変。
 ここ数年来の挙式は、ほとんどが新郎新婦と両親、兄弟ら出席はせいぜい数人。仲人はなし、といった簡素な結婚式の申込ばかりだった。
 忘れたころの災害とぼやけば相すまぬ話だが、こちらは準備が大変。
 神饌室の棚に積み上げてあった折敷はゴキブリのフンで真っ黒。白布はと物置から段ボール箱を引っ張り出せば、これまた雨漏りとゴキブリのフンとでシミだらけ。
 ひゃー。折敷の汚れは湯でこすって落とし、白布は呉服屋へ走ってテーブル10本分を裁断してもらい新調。
 臨時巫女。去年頼んだ二人のうち若い方は結婚してしまって県外へ。あわてて新卒のプーちゃんを探したが、これまたあいにく。
 ワラにもすがる思いで、行きつけスーパーのレジ係り嬢にアタックしてスカウト。折りよく挙式当日は勤務が休みだから、巫女の体験をしてみたいとOKの返事。やれやれ。リハーサルの日を決める。


 孤軍奮闘、どうやらその日に漕ぎ着け、にぎやかな結婚式は無事滞りなく斎行された。
 老体のこの身は腰痛をぶり返し、後片づけもそのままで数日。やっと昨日今日、こぶしでとんとん腰をたたきながら、盃を洗い、折敷を片づけ、白布を折りたたんで段ボール箱へ今回は確実に収納する。テーブルはだれか氏子総代をつかまえて物置へ運んでもらうつもりだ。
 
(当神社は十数年前まで、挙式から披露宴まで行っていたが、施設の老朽化と近くに開業した大手結婚式場の影響で申込件数が減って披露宴会場を閉鎖、今は拝殿で挙式だけをとり行っている)。