ノスタルジー

「ワンちゃん宮司の旅の宮余話」(改題)

私と酒

 時代小説を読んだ後、夜7時のテレビニュースで花より団子のお花見風景を眺め、続いてBSで時代劇「御家人斬九郎」を見終わったら、酒を飲んでみたくなった。

 

 冷蔵庫を開けるまでもなく、我が家に冷えたビールなどあるはずもない。

 料理に使う2合ビンがあったはずだが、今夜は清酒を飲む気がしない。日本酒は、酔いが長引くからである。

 

 (そうだ、娘の出張土産の梅酒があったはずだ)
 冷蔵庫の野菜室の片隅に見つけた。

 

 コップに氷塊をいっぱい入れ、梅酒を三分の一ほど注げばオンザロックの出来上がり。いえいえ、それをさらに水で薄めてから、チビリひと口。

 「うまい・・・」とりあえず、それで満足である。

 「適当なつまみがなくって‥‥」と、梅酒にさえ関心のない妻が気を使ってくれたが、私にはおつまみは夕食のおかずで十分。

 

 

 私は、ふだん酒を飲まない。

 

 現役時代は、酒席に誘われれば毎度そこそこ雰囲気に応じて付き合ってきたし、若い時分には夜勤の帰り、駅前の縄のれんで熱燗を一本引っかけ、寒風に押されながら家路をたどった思い出も二三度よみがえる。

 

 

 父のDNAを受け継いでいるのであろう、私は酒に弱い。
 
 二十歳前後先輩に誘われ、自分の限度を知らずにすすめられるまま杯を重ね、あげくゲロする大失態。
 

 二三度そんな失敗を繰り返したが、いずれも学生時代のこと、若さゆえと許されたのであろう。

 

 二十歳代後半、私の勤めていたI新聞社の近くには屋台が出た。


 宿直の夜更け、輪転機が回り始めるころ遅番の先輩整理部員に「報道部のお泊りさん、付き合えよ」と誘われて社を抜け出し、屋台で夜風に身を縮め、コップ酒をなめながら、あれこれ論じ合ったこともある。

 
 そんな自分自身の姿に酔って、満足していたのかも知れない。
 
 あるいは あの時代のファッションかスタイルだったのかも――。

 

 

 酒の付き合いが上手で、そのつてで昇進したり、景気の良い会社へ転職出来たりした人をうらやましく、時には心寂しく眺めたこともある。

 

 私には、とてもそんなうまい酒の付き合いはできそうもない。

 

 

 それで良かったじゃないか‥‥。

 

 

 とりとめもないノスタルジアにほろ酔いながら、梅酒のコップを飲み終えた。

 

 

 酔った、酔った、この世の天国だぁ。

 

「お父さん、離婚考えたことある?」

   いつものように、勤め帰りの長女が、車を運転しながら電話してきた。(ブルートゥースを使って社内ハンズフリー電話)


 親子のたわいない話ばかりだが、時には今日みたいに突然ドキッとするような問いかけをされることがある。

 「お父さん、お母さんとの離婚考えたことってある?」
 「ない。思ってみたこともないなあ‥‥」


 (何を、今さら‥・)聞くんだよ。


 「じゃぁ、夫婦けんかすることは?。ないでしょ、仲がいいんだから」
 「そりゃ、口げんかすることぐらいはあるさ」
 「ふうーん、それで‥・。」
 「それでって、言い合い始めても、じきに、詰まらないこったと思ってやめてしまう」

 

 同じ血を分けた親兄弟だって性格、考え、生き方はそれぞれである。

 夫婦はもともと他人。お互い百点満点の人間なんていない。自分だって欠点だらけ。威張れたものじゃない。そう思えば、妻に腹を立てることもあるまい。思い直して口げんかの矛を収めるのである。

 結婚生活だって同じこと。
 お互いが言いたい放題、やりたい放題だったらことは収まりっこない。早いうちに、取りあえずどちらかが負けた振りでもして折り合うことだ。

 私ども年代の大方の道徳感覚では「結婚は一生もの」。

 私など初めから染みついている。

 夫婦が末永く、仲睦まじく生きて行くには相手をわかり合い、気持ちを思いやることだ。相手が一歩出たら、こちらが一歩下がってやる‥それぐらいの度量があっていい。

 「人生は辛抱の連続だ」って昔から言うじゃないか。

 

 (と言ってはみたものの、自分も若い時には「俺に逆らうのか‥‥」と空威張りしてみたことも一度や二度あったけど)。

 

 昨今は離婚・再婚が多いと聞くが、今の世代には、それなりのモラルがあるのだろう。

 私ども古い人間が、とやかく口をはさむことはなかろう。

 

 そんことあれこれ腹の中で考えたり、しゃべっていたら、長女は

 「へぇー、やっぱり人生は辛抱かあ‥‥」とつぶやいて、電話を切っていった。

 

 同じ町内に住む知人Aさんの孫娘が、近ごろ離婚して親元へ帰ってきていると耳にした。私と同じ年頃のAさん、その心のうちはどんなだろう‥‥。

け・い・ち・つ(啓蟄)

   3月6日は、啓蟄(けいちつ)――冬ごもりしていた虫たちが、土の中からはい出してくる。

 

 大きらいなヘビ様も動き出す。

 

 私のお仕えしていた愛称「旅の宮」(離宮さんとか大漁の宮とも)は、古くからヘビ山と呼ばれ、ある年には特に「まむし注意」の立て札を森のあちらこちらに立てて、山林内へ立ち入らないよう呼びかけたほどである。

 

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 ある朝、出勤して社務所へはいろうとしたら、外壁の板のすき間から太いヘビの首がにゅうっとのぞいて「ひえー」っと飛びのいた。こんな歓迎はごめんだ。

 

 朝の御勤めをするので拝殿の敷物にひざまずいたら,、目の前に小さなヘビが舌をペロリ。

 「助けてッー」。

 

 廊下の片隅に(ゴミのかたまりかな?)と立ち寄れば、細いちっちゃなヘビが一人前にとぐろを巻いている。

 

 かわいそうだ、と一瞬ためらったけど、ハエたたきを持ち出してピシャリひとたたき。

 

 殺生してしまった、と心が痛んだ。

 

 夏の昼下がり。ふと社務所の窓の外に目をやると、太くて長いシマヘビが、こちらの垣根から、広い境内を横切って向こう側の山の中へゆうゆうと渡って行く。

 

 夕方、御本殿の辺りを見回っておこうと、森の中へひと足踏み出すと、ザワザワと一斉に十数匹のヘビがうごめく。高枝切りばさみで、前方の草むらを払うようにたたきながらそろり進む。

 背筋が、ぞくっとする。

 

 日の陰った参道へ足を向けると、道のど真ん中を遮るかのように太く長いのが寝そべってござる。

 

 昼間の暑さがこたえ、砂利で体を冷やしているのだろうか、動こうとしない。

 

 そんなヘビ山なのだが、昔から今までヘビに噛まれた話を聞いたことがない――というのが氏子たちの自慢でもある。

 

 無数に生息する小動物や小鳥、虫たちの天国みたいな境内林・境外林も、私が宮司として奉仕した二十余年の間にすっかり様変わりし、近ごろはクワガタムシなど絶えてしまったのか全く姿なく、あのヘビ族もめっきり減って、あまり姿を見かけない。

 

 広大なお宮の森は、昔にも増して溢れるばかりに緑生い茂るものの、そこに息づく小動物や小鳥、虫たちの生態は、人の想像を超えて変わってしまったように思われ、心に引っかかるのである。

 

 

 さて、けいちつは人間にとっても「さあ、働くぞ」と意気込み始める日でもあろう。

 

 寒いだの、だるいだのと家の中に閉じこもり、あげくインフルエンザにかかって2月いっぱいうじうじしていた私。

 

 厚いジャンパーを脱ぎ棄てて、思い切って春の日差しの中へはい出さなくっちゃ‥‥。

 

 

 👇朗読しているのは私。「まんが日本昔ばなし」の語り口をイメージしながら、原稿を読んでみたのでしたが・・。

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インフルエンザにかかって、亡き母を思い出す

 2月1日の早朝から下痢が始まった。咳も連発する。

 

 風邪かな?と様子をうかがいながら過ごす。

 

 三日目、トイレに駆け込む間が開いてきたので、町内のかかりつけ内科へ車を走らせる。

 

 「普通の風邪みたいですね。整腸剤を5日分出しておきましょう。」やれやれ、インフルエンザでなくて良かった。

 

 その翌日から、妻がゴホンゴホンやり出した。

 

 「おれの風邪うつしたのだろうか?。」医者にかかるのは早い方が良い。

 急いで妻を車に乗せ、内科を訪れる。

 

 「お二人ともインフルエンザ陽性の反応が出ました。」綿棒で鼻の奥の粘膜を採取して試薬に反応させた結果を見せながら、「ご主人の方はダブルパンチですね。」二人ともタミフル5日分をもらって帰宅した。

 

 風邪が流行っているので、外出を控え、来客もなかったのに、どうやら妻が二三日前近くの食品スーパーでインフルをもらってきたもののようだ。

 

 ともかく1週間はなるべく家にこもって、身を慎むことにした。

 

 インフルエンザのA型だと内科の先生は説明されたように記憶していたが、どうもB型のようで、私も妻も度々トイレに駆け込み、二三日は咳も競演さながらであった。

 

「やっと代休がもらえたので‥‥」長女が心配顔でやってきた。毎朝夕電話をかけてきて、容態を聞いてくれてはいたが、やはり老いた両親が気がかりになったのであろう。

 

 せきに生姜のど飴、体を温めてと甘酒、温野菜の煮物、焼き立てのパンなどなど買い物袋一杯ぶら下げて「からだの具合、どう?」。

 

 さらに「からだ大事に!大好きなお母さんへ」と自筆のメッセージを添えたシャボンフラワーの鉢植え(写真)をテーブルに飾って、

「これ、カゼ見舞い。お母さんへと書いてあるけど、お父さんにも共通。じゃあね‥‥。」

 サッサと帰って行った。

 

 いつもなら何か珍しいおかずを手作りし、夕食を一緒にして、ひととき愛犬チワワと戯れ、ゆっくりしていくのに、今日はマスクも外さず、お茶一杯飲まずに、ハイさよなら‥‥さすが臨床栄養学の先生らしい。”インフルエンザ桑原クワバラ””うつっては大変だと、きちっとけじめをつけるところはつけて早々に引き揚げて行ったものであろう。

 

 「なんだかんだ言いながら、親を心配してくれているんだな。嬉しいね、母さん。」

 私どもほんわか、ほのぼのとした気分をかみしめ、妻も「いい子たちに恵まれたね」つぶやいたのであった。

 

 

 そんな娘との前夜のやり取りが心の奥に残っていたのだろうか、次の明け方、私は亡き母の夢を見た。

 

 私は小学1~2年生の頃、しょっちゅうおなかを壊して学校を休んだ。

 

 母は忙しい野良仕事から帰ると、冬場なら湯たんぽを沸かせて「おなかに抱えて温めな」とふとんの中へ押し込んでくれたり、温かいくず湯(その頃くず湯は手に入りにくく、大抵は片栗粉の代用であった)を作って飲ませてくれたりした。

 

 

 おふくろに親孝行せずじまいだったなあ‥‥いまさら嘆いても何にもならないが、おなかを壊して寝込むと母親に甘えられる‥‥普段は野良仕事が忙しく子供にかまっておれない母親に対し、無意識のうちに母の愛情に飢え、母の温かみを欲しておなかを壊したのかも知れない、何てこの歳になって思いながら、いつの間にかまたひと時まどろんだ。

 

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妹よ

 隣町に住む末の妹が、久しぶりに電話してきた。

 「お兄ちゃん、ちょっと教えて‥‥」

 

 妹の話の内容は、しゅうとめが他界した後引き継いだ自宅の神祭。神棚に、毎朝新しい水、米、塩をお供えして「家内安全」をお祈りしているという。

 感心させられた。

 

 神棚の扉は、ずうっと開けたままにしているが、夜は扉を閉めるのが正しいお祀りの仕方なのか。このごろ何だか気にかかり出したので「神主だったお兄ちゃんに聞くのが一番だと思って‥‥」尋ねたのだという。

 

 私は「神棚の扉の開け閉めについて、別に決まりはないと思う。氏神さんなど身近なお宮へ参拝して気づくように、大抵の神社はふだん本殿の扉を閉じている。

 

 神さまのお姿を、軽々しく見ようとするものではない‥‥神を畏(おそ)れ、うやまうという気持ちから、ふだんは扉を閉めているのだろうな。」と答え、

 

 自分の気が済むように、これでいいと思うままに、それも毎日無理なく続けられるやり方でお祀りしたらいいのじゃないの、とつけ加えた。

 

 神は、人がいるから存在するので、お参りして自分の気持ちが安らぎ、リフレッシュできるなら、別に形にとらわれなくて良かろうと、私は思っている。(神職は、祭祀を厳修しなければならないが・・)。

 

  さて、私は、六つ下に弟、さらに六つ離れて妹、その三つ下に末の妹という4人兄弟である。上の妹が小学2年生の時、下の妹が就学前に父親が他界したので、兄の私を父親のように頼って育った。電話してきた妹は、小学6年を卒業する春まで、毎晩私と一緒に風呂にはいっていた。

 上の妹の方は「お兄ちゃんは甘いものが好きだから‥」と折に触れ和菓子を買って訪ねて来てくれる。

 

 二人の妹は、既に子供たちも巣立って、それぞれ今は伴侶と穏やかに暮らしているというのに、いまだに「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕ってくれている。ありがたいことだ。

 

 私も、妹たちが大好きだ。愛おしく思い、そっと見守っているつもりだ。実家を継いでくれている弟夫婦とも、私どもしょっちゅう行き来して、円満である。

 

 兄弟は、いいものである。

 

 

 

 

 

 

ひとのうわさ話。

 「小人(しょうじん)閑居して不善をなす 」という成句があるが、私みたいな老人が暇を持て余していると、ふと、何でもない過ぎし日の出来事を思い出すものである。

 

 はるかムカシ(昔)、I新聞に転職して記者駆け出しのころの話である。

 

  仕事は、まず朝の「サツ回り」から。市政記者クラブの各社記者と一緒に所轄警察署→検察庁→裁判所等を回って、それぞれの部局の責任者と雑談をしながら記事を拾う。

 取材される側も、各社ばらばらに来られるより、数社まとめて相手する方が効率的なのであろう。

 

 取材する方も、される側も、ちょっと見たところ朝の慣習‥挨拶みたいなものである。しかし、抜け目のないベテラン記者は、雑談の中からヒントをつかんで、後刻、単独で刑事課長を訪ねて話しかけ、時には特ダネに結びつけることだってある。

 

 朝のちょいとした儀礼みたいなサツ回り‥‥なんて気を抜いていたら、とんでもない。うかうかしておれない。新人記者はあちこちで頭を打ち、べそをかき、鍛えられて行くのである。

 

 そんなある日。私は、めずらしく宵のうちに仕事を終え、私鉄電車に揺られて1時間余り。自宅の最寄り駅で降りると、自転車預かり所に立ち寄って自分の自転車を受け取り、15分ほどペタルを踏めば自宅に着く、というのがいつもの道のり。

 

 改札を出た所で「突然呼び止めて、ごめんなさい」と後ろから声をかけられた。振り返ると、30代と思われる実直そうな男性である。

 「あなた、記者さんですね」

 「‥はあ」

 「私もこの私鉄で通勤しているので、時々姿をお見掛けします」

 「はあ‥」

 たまたま今日は同じ電車に乗り合わせ、時刻も早いので、途中下車して私の後を追ってきたようである。

 「ちょっと話を聞いていただきたいのですが・・」と駅前の喫茶店へ誘われた。

 話を聞いてみると、この人は、どうやら記者たちが毎朝回っているある部局の職員で

 「記者さん方は、いつも課長と何を話していらっしゃるのですか」と繰り返し聞いてくるのである。

 「何の話って‥‥。とりとめのない世間話ばかりですよ」と答えると

 「私のことは話に出なかったでしょうか」と言われ、

 「はあ?‥。‥個人のうわさ話なんて出ませんよ」と答えるしかない。

 「私のこと、何か話しているのじゃないかと、いつも聞き耳を立てていたのです」と。

 私は腹の中でびっくり。そんな見方をしている人もいるんだ‥‥。この人が、あの部署にいたなんて、名も顔も知らないし、全く関心もない。あきれたものだが、

 「気にすることは何もありませんよ」と、ここはなだめ慰めて、帰ってもらった。

 

 後日、この人が勤務するという部署を取材で回ることがあっても、あえてこの人の顔を見ることはしなかった。

 

 日ごろ、この話と似たような、気まずい雰囲気を経験された方もいらっしゃるのでは、と思う。

 

 こんなシーンも。

 たまたま職場の同僚が二三人あるいは数人、立ち話している所へ出くわした途端、いままでの話が途切れ、思いなしか顔を見合わせているみたい‥‥「面白い話でもしていたの?」何て笑って話仲間に加わってみよう振りをするものの、腹の底では(俺の悪口言ってたんじゃなかろうか)と疑心暗鬼を生じるものである。

 

 我が家でも。

 近ごろも相変わらず、家内の知り合いが、入れ代わり立ち代わり訪ねてきては家内とひとしきり雑談をして帰って行く 。狭い我が家、聞くともなく話し声が漏れてくる。

 

 「あそこの化粧品屋、感じが悪いのよ。化粧水を買って店を出ようとしたら、背後で店の奥さんと店員の笑い声がした。きっと、安物買いの私をあざ笑っていたのに違いない。あの店には、もう行かない」と家内に話して、うっぷんを晴らしている様子であった。

 

 お店の人たちはほかの話題で笑い合っていたのかも知れないが、お客の方は自分が陰口を言われたと受け取って気を悪くするものである。

 

 私だって、どこかのお店で買い物をして店を出るとき、もし背後で複数の笑い声を聞いたら(俺を笑ったのか?)と気を悪くするであろう。 

 店側のうかつでは済まされない。お客の姿が見えなくなるまで店主や従業員は私語を慎む‥‥これは接客の基本であろう。

 

 気の合った者同士が談笑したり、他人のうわさ話をするのは、時にはちょっとした息抜きにもなるようで、つい仲間に割り込んで調子を合わせてしまい、後悔することがある。

 

 うわさをすれば何とやら‥‥というが、他人様のうわさ話をして後悔するより、その前に、うわさ話するのを慎んでおいた方が無難のようである。

 

 

 

イメージする……彼の女性(ひと)は

 母の妹が他界し、その葬儀に参列するため郷里へ帰った。

 

 久しぶりに親戚や幼なじみの顔と出会い、あいさつを交わした。とっさに名前を思い出せず「森の孝夫(仮名)やがな‥」と言われ「あっ、ごめん。見間違ったわ」と笑ってごまかしたものの、ばつが悪かった。

 孝夫ちゃんは子供時分は母親似だったのに、五十を超えた今はすっかり叔父さん似のおやじ顔になって‥。

 そんな場面が二度あって、せっかく気安く挨拶してもらったのに、きまり悪い思いをした。

 

 ちょっと古い話だが、気の合う高校同級生四、五人と一杯飲んだ席で、酔いの回ったk君が「お前の町のS美容院の娘さん、魅力あるね。俺の大好きな女優若村麻由美の若い時に似ている。すっかり惚れちゃった」と私につぶやいた。

 話を聞くと、彼の奥さんを車でS美容院へ送ってきた時にたまたたま店の娘を見かけてすっかりのぼせ上ったもののようである。「いい歳したおやじが、何というこっちゃ‥」と思ったが「結構、結構、いいじゃないか」とはやし立ててやった。

 後日、S美容院の娘さんの顔を見かけることがあったが(どこが若村麻由美に似ているんだろうか)と私は首をかしげたものであった。

 

 自分が好きな女性を女優のだれだれに似ているとか、美化したいもののようである。逆に好きな女優さんやテレビタレントの顔を自分の彼女に目元がそっくりだ、横顔も似ている‥と、いよいよ想像は限りない。

 

 やがていつか夢冷めて、イメージと現実(虚像と実像かな‥)の落差に、自分ながら落胆するもののようである。

 

 幾つになっても、男ってやつわ……。